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8000m級14座
 
地球上にある8000m以上ある高峰、14座
山名は、見る国によって違います。
エベレスト(英名)、チョモランマ(チベット名)、サガルマータ(ネパール名)は全て同じ山です。

標高は、日本のように整備されていなくて、基準値によって、いくつかの値があります。
エベレストですら、8848m 8850m との説あり。
 

No山岳名 標高 国・地域 初登
1エベレスト 8848m ネパール・中国 1953年 イギリス隊 ヒラリーとテンジン
世界の最高峰であることを測量したインド測量局の初代長官 George.Everest の名にちなむ名称がエベレスト。1865年命名。
チベット名のチョモランマは「大地の母神」の意味。
ネパール名のサガルマータは「大空の女神」の意味。
アメリカの測量では8850m。
2K2 8611m パキスタン・中国1954年 イタリア隊 コンパニオーニとラチェデリ
中国名はチョゴリ(喬戈里)。インドの測量局がカラコルムにある無名峰、未測量の山にカラコルムの K をとって順に K1,K2,K3 と仮の名をつけていた。
その K2 がそのまま山名として残った。
ちなみに、K1 マッシャブルム(7821m)、K3 ガッシャブルムIV峰、K4 ガッシャブルムII峰、K5 ガッシャブルムI峰。
3カンチェンジュンガ 8586m ネパール・インド1955年 イギリス隊 バンドとブラウン
チベット語で「カン=雪」「チェン=大きい」「ジュ=宝庫」「ンガ=5つ」で5つの大きな雪の宝庫。「5」は、山群に5つの峰を抱えているので。
1852年にエベレストが最高峰と発見されるまで、最高峰と思われていた。
4ローツェ 8516m ネパール・中国 1956年 スイス隊 ライスとルフジンガー
エベレストの南方 約3kmのところにあり、チベット語で「ロー=南」「ツェ=峰」、つまりエベレストに対する南峰の意。
5マカルー 8463m ネパール・中国 1955年 フランス隊 テレイとクジィ
エベレスト山群の南東に位置し、エベレスト初登後に初登頂を企てられた山。2年でフランス隊の手中に落ちた。
6チョ・オユー 8201m ネパール・中国 1954年 オーストリア隊 ティッヒー、他
チベット語で「トルコ石の女神」を意味する。
8000m峰の中では一番上りやすいと言われているが、遭難も多々。
7ダウラギリT峰 8167m ネパール 1960年 スイス隊 ディムベルガー、他
サンスクリット語で「白い山」を意味する。。世界最高峰と考えられていた時期があった。
8マナスル 8163m ネパール 1956年 日本隊 今西寿雄とギャルツェン・ノルブ
1953年、1954年と2回の失敗のあと1956年に日本隊が初登頂した8000m級の唯一の山。これが大々的に報道され日本に登山ブームを作ったと言われている。
9ナンガ・パルバット 8126m パキスタン 1953年 ドイツ隊 ブール
カシミール語で「裸の山」を意味する。1895年、イギリスのママリーらが世界最初の8000m峰登頂を企てた山(失敗)。以来、7回の企てと31名の犠牲を払って8回目に初登した山で、その遭難者の多さから「魔の山」と恐れられていた。
10アンナプルナT峰 8091m ネパール 1950年 フランス隊 エルゾーグとラシュナル
初登頂は、1950年6月3日にモーリス・エルゾーグが率いるフランス登山隊。
これが人類初の8000m峰の登頂だった。
11ガッシャブルムT峰 8068m パキスタン・中国1958年 アメリカ隊 シェーニングとカウフマン
チベット語の方言で「輝く壁」の意味らしい。氷河をかなり登った後でないと見えないので、「ヒドン・ピーク(隠れた峰)」と、1892年カラコルムを探検したマーチン・コンウェイが命名した。
12ブロード・ピーク 8051m パキスタン・中国1957年 オーストリア隊 シュムック、他
1892年カラコルムを探検したマーチン・コンウェイが命名。「幅のある峰」。
13ガッシャブルムU峰 8035m パキスタン・中国1956年 オーストリア隊 ラルヒ、他
ガッシャブルムは、T〜Yまであり、8000m峰はTとU。TとUでは、約4Km、槍と穂高ほど離れていて、しかも、その間は、深い切れ込みがあり、連なった山ではない。
14シシャパンマ 8012m 中国 1964年 中国隊 許競、他
長い間、ゴサインタン(サンスクリット語、聖者の居所)と呼ばれていたが、チベット領内の山と確認されてからは、シシャパンマ(草地の山)が定着した。
この山の初登頂が遅いのは、中国が外国登山隊を排除していたから。